アーノンクールの言葉

    2013.07.09 23:39|作曲家・演奏家・聴く人

    中世からフランス革命に至るまで、音楽は文化や人生の大黒柱の一つだった。音楽を理解することは一般教養に属していたのである。今日では音楽は、オペラや演奏会に行くことで虚しい夕べを飾り、公式の祝祭を形成し、あるいはまたラジオによって家庭での静寂の淋しさを追い払ったり活気づけたりするための、単なる装飾と化してしまっている。したがって今日われわれは、量的にはかつてよりはるかに多くの音楽を、それもまさにほとんど切れ目なしに所有していながら、音楽は人生にはほとんど何の意味ももたず、ちっぽけな装飾につぎないという、矛盾に満ちた状況が生じたのである。


    音楽がもはや人生の中心に存在しなくなってから、すべてが変わった。装飾としての音楽は先ず第一に<美しく>あらねばならない。…美しさというのは音楽の単なる一つの要素にすぎない、人々の暮らしには、醜い面や辛いところもあるが、それらから逃げようとうしているのが今日の音楽だ。


    もう一度、モンティヴェルディやバッハ、モーツァルトの音楽をただ美しさを求めることから越えて、全体として理解することにより、それらの音楽がもつ力とメッセージに身をゆだねようではないか。モーツァルトにはモンティヴェルディと同様の原理が見受けられる。モーツァルトにとって重要だったのは常にドラマであり、対話であり、個々の言葉であり、衝突とその解決であり、雰囲気全体を象徴するポエジーではなかった。


    モーツァルト以降の世代になると、対話的・言語的な要素はだんだんと音楽から失われていった。その理由はフランス革命およびそれの文化面に引き起こした変化にある。…聴き手はそれ以降もはや対話の相手ではなくなり、響きから刺激を受け陶酔する享受者へと変えられたのだった。私が、考えるに、革命前の音楽をわれわれがまったく理解できない理由はそこにあるのだ。

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    テーマ:クラシック
    ジャンル:音楽

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    諸パン

    Author:諸パン
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