奏法で妥協しない

    2015.10.12 19:54|未分類
     やはり、手・鍵盤を見ないでピアノをひくって、大事なことですよ。
     この点は、ちょっとやそっとで妥協しないほうがいいかも。

     まあ、自分一人でひいている時は(楽譜を見て、手を見ないでいることによって)ミスタッチが出たっていいじゃないですか。
     その際、ミスタッチしても、そこでひき直すのではなく、先に行くべきですね。
     レッスンのときは?、極端にミスるのも変なので、その時は多少手元を見るのも、やむをえない。

     やさしい曲集の楽譜を何冊か持って、譜面を見てひく視奏の練習を採り入れるといいでしょうな。
     きょうは、ショパンのエオリアンハープで視奏(ブラインドタッチ)にトライしましたが、もっと易しい曲がいいでしょうな。

     ひとつリンクしておきます。→ブラインドタッチ~大人のピアノの大きな課題~

     ブラインドタッチは年数がたったら徐々に獲得できるものではありません。逆に年数が経つにつれて鍵盤ばかりみて弾く癖がついてしまいます。はじめの一歩から良い方法論のもと、正しく楽に学べばなんでもなく、それは「空気を吸うような」ものなのです。もちろん誰でも自然に身につけられます。
    ブラインドタッチを質問形式で説明していきます。


    結論は「だんだん見ないようにする」のではなく、「簡単な曲をまったく鍵盤を見ない」という方向から入るのが最も簡単で合理的ということでした。まさに子どもと同じ方法です!
    なぜ、子どもには取り立ててブラインドタッチを意識させなくても多くの子は自然にうまくいくのに、おとなは意識を向ける必要があるのでしょうか。これは、いくつか理由があります。
    「あなたの好きな曲を一曲マスター」といううたい文句の教室が多くありますが、(私自身2002年以前はそうだったのです!)、好きな曲というのはたいていがドレミファソの範囲ではまかないきれず、音程が広範囲にわたります。慣れていない人がそれを弾くのには目で鍵盤を確認するしか方法がありません。小さな子にいきなりそのようなことをさせる教室はまずありません。
    おとなは子どもより「石橋をたたいて渡る」ように長年の人生経験からなってきています。「ここはド」、と鍵盤の位置を感覚的に95%信じてもさらに安心を得るため目で確認したくなります。

    以上のようなことから、初期に難なくつくはずの鍵盤感覚ですのに、付ける時期を逸してしまうのです。もったいないことです。
    NHKのテキストで、研究の成果を7ページにわたって発表し、その後、音楽の友社のブラインドタッチテキスト2巻にさらなる研究成果をまとめました。
    私の願いは、「一曲主義」ではない、このごく普通の正しい学びかたが日本中のピアノを楽しみたいおとなの方々に浸透することです


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    ブラインドタッチの第二の効用

    2015.10.15 12:14|未分類
     モル作さんからコメントいただきましたが、たぶん長くなるので、こちらに書くことにします。

     「ブラインドタッチ」でヤフー知恵袋で検索してみたら、「子供の頃から正式に習って、一万時間以上練習しなればできるようにならない」とかの極端な悲観論も見られます。(ネット上では、ピアノでこれから伸びようとしている人に対して、水を差す、ないしは(無意味に)ハードルを課すような意見が、何故か一定数あるものです。)
     ぜんぜんそんなことはなく、鍵盤を見ないようにしたその日から、何かが自分の内部で変化したことは感じますね。それも、良い方向への変化です。

     鍵盤を見ないでひけば、(身体の内側からのダイレクトな)鍵盤感覚が身について、演奏が楽になることは何度も書きました。

     もう一つのポイントとしては、鍵盤と手元を見つめる義務から解放されて初めて、頭―首ー背骨のラインが自由になることです。そういう脊椎動物としての身体の根幹が自由であることが、指の速さにも影響して来るらしいのです。
     以前動画を引用した英雄ポロネーズを鍵盤ガン見でひいている人。低音から高音までの広い音域を目で追うために、頭―首―背骨のラインは拘束束縛され切っています。これでは(いくら猛練習しても)指はまわりませんし、ミスタッチも減りません。
     指まわりの速さ・スムーズさは、(ツェルニー上級篇で指を鍛えて獲得されるものではなく、)このような身体の全体的な自由度に深くかかわっているもののようです。

    譜面を見るのは軽い気持ちで

    2015.10.16 14:48|未分類
     曲を暗譜でひけるということは、優れた能力の証しであることは確かでしょう。
     暗譜に非常に長けた人がいたとして、「私はどんな曲でもすぐに暗譜できるので、鍵盤を見て、視覚で確認しながらひいても別にいいのだ」と主張したらどうでしょう?
     きのう書いたことは、「暗譜でひく時も、鍵盤を見るのは最小限とし、ブラインドタッチの体勢を保つべき」ということでした。というのも、それが演奏の容易さ、指まわりの性能の向上、ひいては、演奏の質の向上に貢献するからです。
     というか、楽譜を置いてブラインドタッチできる人は、楽譜を取り去って暗譜でひかせても、それほど姿勢に変化を生じないでしょう→つまり楽譜がないからといってことさら鍵盤を見に行きません。それは、以前引用した女の子の演奏動画でも明らかです。

     ぼくも去年までは鍵盤と手の位置の確認を視覚に依存する部分が大きくて、それがために、ひきながら楽譜を見るのが苦しい状態でした。
     それを、レッスン開始後に一念発起して、視奏+ブラインドタッチへ謂わばパラダイムチェンジを図ったわけです。
     ここで、一つ確認しておきたいことがありますが、視奏といっても、リアルタイムの読譜力(=譜面上の音符群を手・指の動きへ変換する能力)は僕は今の時点ではそれほど(自分へ)求めていません。リアルタイム読譜力の極致は初見ですが、初見の練習については、思うところあって今はやらないほうがいいという判断です→これについては別の機会に書く予定。
     ではどうするかというと、あらかじめ譜面をよく調べておいて、部分練習をして、指使いや手・指の動かし方も大方、頭に入れておきます。そして、通しでひく際には、譜面上で迷子にならなければいい(=今ひいている箇所がわかればいい)程度の軽い気持ちで譜面を見ています
     もちろん、音符群から手指の動きへの変換能力を最優先に鍛えるような練習もありますが、(そしてそれが本来のリアルタイム読譜力でしょうが)それはまた別の練習です。いまはそれをやる時ではないと考えます。

     (視覚経由ではなく)プロプリオセプション経由の鍵盤感覚をつける訓練の一例。完全4度の間隔をからだで覚える練習譜面台よりもさらに高い斜め上空に首を向けるか、目を瞑ってひく。当然、鍵盤はまったく見ない。運指は、25252525....の連続。音域はもっと拡げてもいい。左手でも行う。
    4th.png

    運指決め打ちに関して

    2015.10.17 11:17|未分類
     当ブログも整理のつかない状態になってきました。ピアノ関連のことは、いづれホームページを作って、そこにまとめようとは思っているんですがね。
     とりあえず、タグというのを使ってみることに。→左側にあります。項目別に複数の記事を横断できます。(カテゴリーだときっちり分けなければいけないので、使いにくかった。)

     いうまでもなく、音楽をやるには、(プロでもアマでも)情熱、熱い心、、、が大事でしょうね。笑。
     でも、情熱だけでピアノに向かっても、(おそらくは)撥ね返されるでしょうね。相手は冷たい物体ですし、そこはそれなりの方法論を持って対処する必要があるのでしょう。
     だけどまあ、情熱のある人、熱い心を持った人が、長い目で見れば、ピアノがうまくなるのでしょう。そう信じています(笑)。

     楽譜を見ながらひくこと(=視奏)を基本にしなければいけないもう一つの理由。クラシックピアノの人は皆そうだと思いますが、運指は決め打ちですよね。運指をかっちり決めずに、ひくたんびに違う指でひいてもいい――そんな人は(あまり)いないと思います。
     暗譜だと、これらのすべて決め打ちされた運指を覚えなければならないわけですが、それは些かきつい。
     楽譜が置かれていて、そこに自分が最終的に採用した指番号が記されている。車が交通標識を見て進むように、その指番号にガイドされながらひくのであれば、楽になります。
     なお、すべての音符に指番号を書いてはいません。それだと、煩雑になるし、目が疲れます。正しい運指をガイドするに必要なだけ、指番号を振っています。練習の進展に伴って、前後関係から自明になった指番号は消すこともあります。

    お子さんに学ぶ

    2015.10.18 10:54|未分類
     12日の拙文で引用した中に、「おとなは子どもより「石橋をたたいて渡る」ように長年の人生経験からなってきています」とあって、思わず笑ってしまいました。言われてみればそのとおりだな、と思って。
     石橋をたたいて渡る→目で確認しなければ気が済まない→楽譜を見ずに鍵盤を見る、という図式。

     大人ピアノの特徴として、ほかにも、『先回りしていろいろ考えて、あらゆる手段を尽くして少しでもポイントを稼ごうとする』ようなところもあるのでは? そのわりには結果が伴いませんけれど。(笑)

     ピアノに限らず楽器の演奏って、本来はもっと素朴なものではないかという気もします。よい意味でのピアノ能力を身につけた人にとっては、ピアノをひくことは基本的には日常茶飯事、ありふれたことなでしょう。(真に音楽的・芸術的なものも、そういう日常的な演奏の営みの延長線上に存在しうるのでしょう。)
     反対に、最初から「俺は途方もない困難を英雄的に乗り越えてやるんだ」とか「自分にしかできない感動的表現をひねり出してやるんだ」と、野心(邪念?)満々で臨んでも、コケるだけでしょう。

     ネットなどでお子さまのピアノ演奏を視聴すると、時に、素朴な良さを発見できます。子どもは先走りしていろいろ考えません。楽譜を見て「よくわからないけど、行っちゃえー」みたいな感じでひいていますが、実に痛快ですね。(笑)
     現代のピアニストの計算ずくで隅々まで配慮をめぐらせた演奏よりも、ネット上の子供のピアノのほうが癒される(こともある)。
     昔の巨匠ピアニストの何とも形容しがたい魅惑的な演奏も、こういう子供的な自発性が中核にあったからかもしれません。

    ゲーム感覚で楽しく

    2015.10.19 14:45|未分類
     譜面だけを見て、鍵盤を目で探さない・視覚で確認しないでひく実践。午前中、エオリアンハープやその他の曲でやっていましたが、ゲームのようで楽しいですよ。
     この実践ですぐに起こった変化は、ひいたあとの指と鍵盤の位置や感触を、自ずと記銘しようとするようになったこと。記銘する=ワーキングメモリーに入れる、ですね。もはや視覚には頼れないのだから、次の位置に指が行くためには、そのワーキングメモリーが唯一の手掛かりです。

    shift.png

     同じ音型で来て、一定の音程分だけシフトする場合は、音型単位で考えて、上の例なら「5度低いほうへシフトしろ」と、自分に指令を出せばいいんですね。
     音符単位で考えて、白線で示した、レから9度下のドへ移動、と考えるとむずかしくなっちゃう。
     バイオリンの左手のポジション移動では、何度シフトしたかはいつでも明白です。ピアノのブラインドタッチでは、このバイオリン流のポジション移動の発想を採り入れたらいいんだろうね。

    ひいた後にも手指を気にかける

    2015.10.20 14:34|未分類
     ひく時に手元を見なければ、あたりまえですが、鍵盤上の自分の手・指の位置や手・指がどういう状態になっているかに、非常に敏感になります。
     とくに、或る鍵盤をひいて音を出した直後の手・指の位置と状態を気にかけるようになります。それが次の位置に手を持って行くための主要な手掛かりになるからです。

     以前、視覚で鍵盤を確認することは、視覚とプロプリオセプションという二つの感覚を競合・混濁させる、と書いたけど→『固有受容感覚(proprioception)』、そんなに複雑な話でもないんですね。
     次にひく鍵盤の位置を目で見て確認する場合、その時点の手・指の感覚は、捨てられ、リセットされます。プロプリオセプションからの信号は、脳でスルーされるので、そこから何かが経験的に習得されることはありません。
     そういうふうにして一曲全部を暗譜できたとして、少したって忘れかけたので楽譜を置いたとしても、鍵盤を見ない体勢で練習したわけではないので、楽譜が助けにならないのです。

    譜面台の位置

    2015.10.21 14:28|未分類
     譜面台の位置ですが、二、三のグランドピアノで測ったところ、高さは鍵盤上24センチでした。グランドピアノは奥行きも調節できて、測りませんでしたが前後に10センチくらい(もっとか?)動かせます。
     うちのアップライトはグランド型の譜面台を持ち、鍵盤からの相対的高さは22センチですので、グランドとあまり変わりません。ただし奥行はほとんど固定であり、グランドでいうと一番手前の、目に近い所にあります。
     先日、某所でヤマハのアップライトを借りましたが、アップライトの通常形の、鍵盤ふたの裏に付いた細幅の台に楽譜を乗せるタイプでした。鍵盤からの高さは測りませんでしたが、10センチない感じでした。



     ご覧のように楽譜が低い所に来るので、ブラインドタッチの訓練にはなりませんな(笑)。
     それと、楽譜が台のふちより手前にはみ出るので、手を上げた時に引っかかってしまうこともあり、気を使います。まぁ慣れればどうってことないのでしょうが。

     グランドピアノの譜面台の高さが(鍵盤上)24センチというのは、そのように目標を定めて作ったというよりは、ピアノの構造上の都合からそのような高さになったのでしょう
     譜面台高さについて検索すると、小さなお子さんにとってグランドの譜面台が高すぎるので困るという例が出てきます。たしかに、小さなお子さんにとっては空を見上げるような感じでしょう。それで、楽譜をもっと低い位置にセットできるような付属品が何種類か売られているようです。
     でも、鍵盤をなるべく見ないで鍵盤感覚を獲得するには、譜面台は高くてもいいのかもしれません。

     一方、アップライトの低い譜面台には、大人たちが不平を言います。長くひいていると猫背になってしまう、とか、レッスンのときと違うので違和感を感じる、とか。
     そのようなときは、自作も可能です。

    ひとりひとり事情はちがう

    2015.10.23 11:51|未分類
     鍵盤感覚や、ブラインドタッチの話が続いていますが、ピアノをやる人のひとりひとりの個人的事情というものがあるはずで、よってここに書くことが誰にも役立つものでもないでしょう。話半ばに受け取ってもらえればと思います。

     個人的事情といえば、ぼくは音感はわりとよいのです。五年前に調律を再開するまでは、真っ当なピアノ曲をひくことからは離れていたわけですが、クラシック管弦楽曲のさわりなど、頭の中で鳴っている音楽を和声も含めて(適当に)ひいていました。一種のゆるい耳コピです。それが、視奏やブラインドタッチの観点の欠如につながっていました。
     もうひとつの個人的事情。リアルタイム読譜が苦手といっても、或る意味で楽譜が見えすぎて、気が散ってしまって苦手になっているところがあります。これからひく音符に集中できないということ。これは自分の脳の特性なんでしょうが、根気よく手なずけていくしかないでしょう。

     さて、ここから一般論に入りますが、12日のブログで引用した中に、『ブラインドタッチは年数がたったら徐々に獲得できるものではありません。逆に年数が経つにつれて鍵盤ばかりみて弾く癖がついてしまいます』とありました。
     鍵盤ガン見派は、曲が高度になるにつれて、ますます鍵盤依存度を高めていきます。増々ブラインドタッチと縁遠くなってしまいます。
     ですから、無自覚に鍵盤直視で来た人は、どこかで、というより、今すぐ、ブラインドタッチ派に軌道修正を図る必要があります。

     同じ引用先に、次のようにありました。
       

    子どもには取り立ててブラインドタッチを意識させなくても多くの子は自然にうまくいくのに、
        .........
    おとなは子どもより「石橋をたたいて渡る」ように長年の人生経験からなってきています。「ここはド」、と鍵盤の位置を感覚的に95%信じてもさらに安心を得るため目で確認したくなります。


     このあたりに秘訣が隠されているように見えます。
     先生から「楽譜を見てひくように」と促され、しかしミスタッチもできないので、鍵盤位置がわからないところは目でも確認します。そうやっているうちに、「ええ、面倒だ。目で見ないでひいちゃえ」と、譜面を見たままでひくと、案外当たっていて、それが快感になるのです(笑)。
     そうやって、味を占め、ブラインドタッチの軌道に乗った頃には、わからない鍵盤位置を直接見なくても、視野の片隅に入れるだけで済むようになるのでしょう。

    大人のピアノは最初の二年が勝負?

    2015.10.27 11:00|未分類
     ピアノ関連では最近ではあまりブログ巡回もせず、グーグルに検索語を打ち込んでネットしています。そうすると、いわゆるSEOのせいか、知恵袋に当たることが多いですね。
     ヒットメイク?さんという回答者がいて、論陣を張って?います。

     ピアノは上手くなるためには十何年もやらなければならないという人が多いですが、実はこれは誤解です。それはピアノを習う人が主に子供であるため、子供は体と脳の成長に従ってうまくなるため、見かけ上練習を積んで上手くなるように見えるだけです。大人は体も脳も成長しませんから、2年くらい練習するとピークに達し、その先は技術的成長はほとんどありません。
    (中略)
     街の音楽教室を何年も見ていると、大人の人は、上手い人は最初からずっと上手く、中級の人は中級のまま、下手くそは下手くそのままです。下手くそな人が上のレベルに追いついている例はひとつもありません。単に弾く曲が変わっているだけです。


     大人から始めた人の大多数は、どんなに努力しても2年ぐらいで上限に達し、ブルグミュラーレベルから上手くなることはありませんが、ごくまれに、結構上手くなる人もいます。そういうひとは、ピアノをやるにしても、普通の人みたいにバイエルからやるのではなく、いきなり名曲に独学で挑戦します。中にはピアノ初挑戦で1ヶ月で幻想即興曲が結構弾けるようになる人もいます。
     (中略)
     ピアノは、10何年という長年の努力の結果上手くなるというのは錯覚で、ピアノを練習する人が大多数子供であり、脳と体の発達で上手くなるのが、長年の努力の結果上手くなるように見えているだけだというのが本当のところでしょう。

    「楽派」の力

    2015.10.29 12:31|未分類

     あなたは「楽派」というものをどのように考えているのでしょうか?

     「楽派」は先人の知恵の集積であり、天分に頼るだけでは到達できない能力です。たとえばグールド。彼は驚くべき天才ですが、天賦の直感的な才能を持っていただけで、しっかりとした楽派の教育を受けていませんでした。そのため、彼は晩年には次第に挫折を感じるようになり、最後には異常な方法で録音するようになりました。グールドには優れた才能がありましたが、彼の演奏から学ぶことは何もありません。


     ポゴレリチ(1958年、旧ユーゴ生まれ)自身は、妻のアリサ・ケゼラーゼを師とし、ケゼラーゼはサンクトペテルブルク学派(リストの弟子のレシェティツキが創設)から出ています。源流はベートーベン・リストにあるわけです。
     ポゴレリチはサンクトペテルブルク楽派をロシア楽派と呼び、ネイガウス、ギレリス、リヒテルらは「ソ連楽派」と呼んで区別します。

     私に言わせると、ネイガウスの核心は響きの追求、楽曲の文学的解釈、音楽的思想と芸術的イメージにあります。正しい方法は、まず音色のつくり方とテクニックを身につけ、試行を経てから芸術的イメージを作り出すべきです
     しかし残念なことにネイガウスの生徒たちは速く学ぶよう圧力をかけられ、あえて反対の方向へ進みました。彼らはまず芸術的イメージをつくり、彼らの出せる音を使って演奏しました。しかし、これはしばしばあまり芳しくない結果をもたらしました。(p.30)

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    プロフィール

    諸パン

    Author:諸パン
     2011年初夏生まれの三毛猫マズルカ♀
    ww A- Oo D- ii -- B- C- SS L-
    体重 4.3 kg ('16.07.14)
    max 4.3 kg

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